ドゥテルテ前大統領「麻薬戦争」は「個人的な戦争」だったのか?

ドゥテルテ前大統領「麻薬戦争」は「個人的な殺人」だったのか?

2025年3月14日、フィリピンの前大統領であるロドリゴ・ドゥテルテ氏はフィリピン警察によって逮捕されました。

逮捕の翌日、ドゥテルテの身柄はICCに引き渡され、裁判が行われるオランダのハーグにあるICCの拘留施設へ移送されました。

2025年8月現在、ドゥテルテはオランダで拘留されています。

彼にかけられた容疑は「人道に対する罪、殺人」です。

しかし、彼の逮捕と時を同じくしてリークされ始めたICCの捜査資料は、全く異なる、驚くべき内容を伝えています。

それは「麻薬戦争」が、「個人的な殺人」と「麻薬カルテルの縄張り争い」であったという驚愕の疑惑です。

この記事は、この驚くべき疑惑の深層を掘り下げます。

フィリピンの主要メディア、特に長年にわたりドゥテルテ政権を鋭く追及してきたRapplerやABS-CBN News、Philippine Daily Inquirerなどの報道、そして上院議会の公聴会記録、内部告発者の証言を基に、「麻薬戦争」とは何だったのかの問いに迫りたいと思います。

※この記事は、2025年8月時点の各種メディアによる報道をまとめたもので、判決は確定していません。

目次

ハーグで被告人となったフィリピン前大統領

かつてフィリピンで絶大な権力を誇ったドゥテルテは、今現在ICCの拘置施設の独房で、歴史的な裁判を待つ身となりました。

国民から「タタイ・ディゴン(ディゴン父さん)」と親しみを込めて呼ばれ、多くの支持者から英雄視された男は今や、一人の被告人です。

2025年3月11日の逮捕とハーグへの移送は、彼がかつて率いた国家の歴史だけでなく、国際司法の歴史においても、前例のない一章を刻みました。

アジアの元国家元首がICCの法廷に立つのは、これが初めてのことです。

ドゥテルテが掲げた「麻薬戦争(ドラッグ・ウォー)」は、公式発表で6,200人以上、人権団体の推計では最大30,000人もの命を奪ったとされています。

フィリピンを「麻薬国家」の危機から救うための必要な戦いであったと、ドゥテルテ自身と彼の支持者たちは主張し続けてきました。

しかし、本当はフィリピン国内の一部メディアや批評家がかつてから主張していたように、この戦争は「グランド・ブドル(壮大な詐欺)」だったのでしょうか。

その真の目的は、麻薬撲滅という大義名分の下に、ドゥテルテ自身の政敵を組織的に排除し、また彼自身の家族が関与するとされる麻薬密輸のライバルを消すことで、巨大な麻薬利権を独占することにあったのではないか、ということです。

なぜフィリピン警察ではなく、ICCによって逮捕されたのか?

ICC検察官および裁判部がドゥテルテの逮捕に至った理由は、フィリピン政府の対応を総合的に評価した結果と言われています。

そもそもICCとはどのような組織か?

ICCとは「国際刑事裁判所(International Criminal Court)」の略称です。

オランダのハーグに本部を置く、世界で初めての常設の国際的な刑事裁判所です。国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは異なり、ICCは「個人」を訴追・処罰の対象とします。

2025年8月時点で、加盟国は124カ国。日本も2007年に加盟しています。

ICCの最も重要な目的は、国際社会全体にとって最も重大な犯罪を犯した個人を裁き、「不処罰」、つまり「罪を犯しても罰せられない状況」をなくすことです。

また、ICCは「補完性の原則」に基づいて活動します。

ある犯罪について、その国自身の司法制度が捜査・訴追する「意思がない」または「能力がない」場合にのみ、ICCが介入することができます

あくまで第一の責任は、それぞれの国にあるという考え方です。

ICCが管轄権を持つのは、以下の4つの最も重大な犯罪に限られます。

  • ジェノサイド(集団殺害犯罪):国民、民族、人種、宗教などの集団を破壊する目的で行われる行為。
  • 人道に対する犯罪:民間人に対して行われる広範な、または組織的な攻撃(殺人、奴隷化、拷問など)。
  • 戦争犯罪:武力紛争の際に、ジュネーブ条約などに違反して行われる重大な行為。
  • 侵略犯罪:ある国家が、他の国家の主権や独立を侵害するために武力を行使すること。

ICC検察官および裁判部がこの結論に至った理由は、単一の出来事ではなく、フィリピン政府の対応を総合的に評価した結果です。

主な判断根拠は以下の4つと考えられています。

捜査の規模と実態の著しい乖離

ICCが介入するに至った最も大きな理由の一つは、報告されている数千から数万件にのぼる殺害事件の規模と、実際にフィリピン国内で捜査・訴追された事件の数との間に、大きな隔たりがあったことです。

フィリピン政府は「国内で適切に対処している」と主張しましたが、実際に有罪判決に至ったのは、白昼堂々と殺害が撮影されていた「キアン・デロス・サントスの殺害事件」など、ごくわずかな象徴的事件に限られていました。

数千件の死者が出ているにもかかわらず、ほんの数件しか訴追に至らないという状況は、ICCは司法制度が実質的に機能していない証拠であると見なしました。

捜査の対象と性質の問題

数少ない国内の捜査も、その内容がICCの求める基準を満たしていませんでした。

フィリピン国内の捜査は、現場で手を下した警察官を対象とするものがほとんどでした。

ICCが最も問題視するのは、「誰が殺害を計画し、命じ、奨励したのか」という点です。

ドゥテルテをはじめとする政府高官など、より大きな責任を負うべき上位の人物に対する捜査が全く行われていませんでした。

この「指揮系統」への捜査の欠如は、「捜査する意思がない」と判断される決定的な要因となりました。

また国内の捜査は、個々の殺害事件を独立した犯罪として扱うだけで、これらが国家の政策として組織的・広範に行われた「人道に対する罪」であるという視点が完全に欠落していました。

国家として「不処罰」を助長する姿勢

ドゥテルテ自身の言動が、国内でのまともな捜査を妨げ、「不処罰」の文化を作り出しているとICCは判断したと考えれています。

ドゥテルテは大統領として、繰り返し警察官に「容疑者を殺害せよ」と公に命じ、訴追された場合には「自分が恩赦を与える」「責任は全て自分が取る」と公言していました。

国家のトップがこのような発言を続ける状況下で、警察や検察が政府高官の責任を追及するような本格的な捜査に乗り出すことは、事実上不可能でした。これは司法制度が独立して機能していないことを示しています。

国内の調査制度の不十分さ

フィリピン政府は、法務省(DOJ)が主導する省庁間合同調査の存在などを挙げて「国内で調査している」と反論しました。しかし、ICCはこれらの制度も不十分であると結論付けました。

DOJの調査はあくまで行政的な事実調査が中心であり、責任者を刑事訴追することを目的とした本格的な捜査ではありませんでした

また、調査対象はごく一部の事件に限られており、広範な被害の実態解明には程遠いものでした。

これらの理由を総合的に判断した結果、ICCは「フィリピンの国内手続きは、ICCが求める水準の、本物の捜査・訴追ではない」と結論付けました。

つまり、フィリピンの司法制度は、超法規的殺害という大規模かつ組織的な犯罪に対して見て見ぬふりをし、実質的な正義の実現を放棄している状態であると判断されたのです。

フィリピン最高裁が示した「ICCへの協力義務」

ドゥテルテ側は、フィリピンが2019年3月にICCから脱退したため、ICCに管轄権はないと主張し続けてきました。

しかしこの主張に対しては、フィリピンの最高裁判所が2019年に完全に否定して、結論が出ています。これはドゥテルテが大統領在職中のことです。

最高裁判所は2021年の判決で、フィリピンがすでにICCから脱退したことについて言及し、脱退したとしても、加盟国であった期間に行われた犯罪については、ICCの調査に協力する義務が依然として存在するとの見解を示したのです。

これについては、ICCの規定も同様です。

この判決は、ICCが管轄権を持つ期間を2011年11月1日から2019年3月16日までと明確にし、ドゥテルテ政権下の「麻薬戦争」の大部分がその範囲に含まれることを法的に裏付けました。

なぜ逮捕に至ったのか

ICCが逮捕にまで踏み切れたのは、フィリピン国内の政治情勢の劇的な変化と無関係とは言えないでしょう。

ドゥテルテの後継者である現ボンボン・マルコス大統領と、副大統領であるドゥテルテの娘サラ・ドゥテルテとの間の政治的同盟は、発足当初から「便宜上の結婚」と見なされていましたが、政権発足後、徐々にその亀裂が露わになっていきました。

対中国政策、サラ副大統領の機密費流用疑惑、そしてドゥテルテがマルコス大統領を「麻薬中毒者」と公然と非難するに至り、両陣営の対立は修復不可能なレベルに達したのです。

この権力闘争が、マルコス大統領のICCに対する姿勢を微妙に変化させました。マルコス大統領は表向き、「ICCの捜査には協力しない」という立場を崩しませんでした。

しかし、その一方で、大統領府は「ドゥテルテ氏が自ら投降するならば、それを妨害することはない」「インターポールから要請があれば、フィリピンは義務を果たす」と発言しました。

これは事実上、ICCの逮捕状執行を黙認するシグナルでした。ドゥテルテという強力な政敵を、自らの手を汚すことなく国際司法の手に委ねることは、マルコス大統領にとって極めて好都合な政治的解決策だったのです。

フィリピン国内の捜査機関、司法機関による解決の道があったにも関わらず、ICCに任せたとも言えます。

表の顔 国民が熱狂した「麻薬撲滅」という大義

国民の渇望とドゥテルテの約束

2017年の「麻薬戦争」を理解するためには、彼が登場した2016年当時のフィリピン社会の空気感を理解する必要があります。

当時のフィリピンは、日常生活を脅かす犯罪と、社会の隅々にまで浸透した違法薬物、とりわけ覚醒剤「シャブ」の存在は、国民にとって最も身近で深刻な問題でした。

また、エリート層に牛耳られた政治、蔓延する汚職、そして司法制度への不信も社会を覆っていたのです。

警察は頼りにならないどころか、警察官こそが地域で麻薬を取り仕切っているのが一般的でした。

国民が待ち望んでいたのは、複雑な問題を一刀両断にする「強力な指導者」だったのです。

その国民の期待に応えるかのように現れたのが、ダバオ市長として「パニッシャー(処罰者)」の異名をとったロドリゴ・ドゥテルテでした。

彼の選挙公約は、シンプルかつ過激で、それゆえに多くの人々の心を鷲掴みにしました。

犯罪、汚職、そして麻薬との戦い」です。

彼は、大統領就任後「3ヶ月から6ヶ月」で国内の麻薬問題を一掃すると豪語しました。その手段は、法や人権を度外視するものでした。

「犯罪者は殺せ」「人権なんて気にするな、信じてくれ」といった彼の言葉は、手続き通りの他の政治家たちの偽善にうんざりしていた大衆にとって、むしろ頼もしく、誠実な響きを持っていたのです。

ドゥテルテの過激な発言と、犯罪者を容赦なく処刑するという公約は、即効性のある解決策を求める国民の期待に見事に応えました。

なぜドゥテルテは勝てたのか? – ソーシャルメディアと民意の潮流

2016年の大統領選挙戦当初、ドゥテルテは最有力候補ではありませんでした。彼が最終的に660万票以上の大差をつけて勝利した背景には、フィリピンで初とされる「ソーシャルメディア選挙」の様相がありました。

彼の勝利には、イギリスの政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」の関与が噂されました。同社の親会社は、ドゥテルテを「タフで決断力のある『行動の人』」としてブランディングし、選挙勝利に貢献したと自社のウェブサイトで宣伝していたのです。

同社の社員であったクリストファー・ワイリーの内部告発によれば、有権者の行動を操作するためのプロパガンダ戦術を試す「ペトリ皿(実験室)」としてフィリピンを利用したと語っています。ここで得られた手法が、後のイギリスのEU離脱やアメリカ大統領選挙で利用されました。

また2019年3月、Facebookはフィリピンで「協調的な偽情報活動(coordinated inauthentic behavior)」に関わったとして200以上のページ、グループ、アカウントのネットワークを削除したと発表しました。

同社のサイバーセキュリティポリシー責任者であるナサニエル・グライヒャーは、この活動がドゥテルテ大統領の2016年選挙キャンペーンで、ソーシャルメディアを管理した人物によって組織されたネットワークと関連していると述べました。その真の目的は政治的操作であったと指摘しています。

ドゥテルテ自身は、どちらも「知らないし、信じない」と関与を全面的に否定し、大統領府も「正々堂々と勝った」と主張しています。

しかし実際のところ、彼の勝利は、単なる情報操作だけで説明できるものではありませんでした。

学術的な分析によれば、ドゥテルテのの支持者たちはオンライン上で最も熱心で、最も攻撃的でした。これは、草の根の強い支持がオンラインでの熱狂に反映された結果だと考えられています。

結局のところ、ドゥテルテは、既存の政治エリートに対する国民の不満と、社会の変革を求める一般国民の声を受け、その象徴となることで、地滑り的な勝利を収めたのです。

公式作戦「オプラン・トクハン」

2016年7月1日、大統領に就任したドゥテルテは、国家警察(PNP)を通じて、その公約を実行に移します。

公式作戦「プロジェクト・ダブルバレル」、そしてその最も象徴的な要素である「オプラン・トクハン」の開始です。

この作戦名は、ビサヤ語の「トクトク(叩く)」と「ハンギョ(懇願する)」を組み合わせた造語です。

Rapplerの報道によれば、その公式な手順は、警察官が麻薬容疑者リストに載っている人物の家を訪問し、自首して更生するよう「説得する」という、一見穏やかなものでした。

自首した者は更生プログラムを受け、抵抗した場合は法的手続きに進む、というのが建前でした。

この「表向き」の作戦内容は、これから暴かれる「裏の顔」を隠蔽するための、極めて巧妙なプロパガンダであった可能性が、今指摘されています。

振り返ってみれば、ドゥテルテ自身が後に、この「3ヶ月から6ヶ月」という公約を「計算違いだった」「大失敗だった」と認めています。

彼はその理由を、大統領になって初めて問題の深刻さを知ったからだと説明しました。しかし、この発言は、真の目的を隠すための意図的な嘘だったのかもしれません。

裏の戦争「麻薬リスト」を利用した政敵・邪魔者の排除

恐怖の「ナルコ・リスト」

ドゥテルテ政権が掲げた「麻薬戦争」は、その開始当初から国際社会の厳しい批判に晒されてきました。

しかし、その批判の多くは、貧困層を中心とした数万人規模の超法規的殺害という、その規模と残虐性に向けられていました。

ですが、ICCの捜査が暴き出しつつあるのは、この戦争が単なる麻薬犯罪者掃討ではなく、もう一つの、より冷徹で計画的な目的を持っていたという事実です。

それは、麻薬撲滅を大義名分としながら、ドゥテルテの権力基盤を脅かす、あるいは彼の政策に邪魔な人物を、民衆の支持を得ながら合法的に排除するための、国家規模の「暗殺システム」としての側面です。

そのシステムの中核をなしたのが、ドゥテルテがテレビ演説で名前を読み上げた、「ナルコ・リスト(麻薬関係者リスト)」です。

このリストには、末端の売人だけでなく、多数の地方政治家、裁判官、警察・軍関係者が含まれていました。

リストの作成プロセスは不透明で、証拠を示すこともなく、ただ名前を読み上げるだけで、彼らを社会的な死へと追いやったのです。

そして、それはしばしば本当の死へと直結しました。リストに名前が載ることは、事実上の死刑宣告に等しかったのです。

このリストと、その後の殺害には、おぞましいほどの相関関係が見られます。TIME誌やAl Jazeeraなどの国際メディア、そしてフィリピン国内メディアが報じた事例は、そのパターンを明確に示しています。

氏名役職殺害日状況
ロランド・エスピノサレイテ州アルブエラ町長2016年11月5日ナルコ・リストに名前が載り自首。収監されていた刑務所内で警察により射殺。上院調査は「計画的殺人」と結論。
サムスディン・ディマウコムマギンダナオ州ダトゥ・サウジ・アンパトゥアン町長2016年10月28日ナルコ・リストに名前が載った後、麻薬対策部隊との「銃撃戦」で9人の部下と共に殺害される。
レイナルド・パロジノグミサミス・オクシデンタル州オザミス市長2017年7月30日ナルコ・リストに名前が載り、警察の家宅捜索中に「銃撃戦」で殺害される。
アントニオ・ハリリバタンガス州タナウアン市長2018年7月2日ナルコ・リストに名前が載った後、市庁舎での国旗掲揚式中に狙撃手により暗殺される。
マリアノ・ブランコセブ州ロンダ町長2018年9月5日ナルコ・リストに名前が載り、市庁舎の執務室で何者かに射殺される。
デビッド・ナバロミサミス・オクシデンタル州クラリン町長2019年10月25日ナルコ・リストに名前が載った後、別件で警察に拘束中、護送車が襲撃され殺害される。

この表が示すのは、明らかなプロによる殺害で、関連性も指摘されています。

特に注目すべきは、タナウアン市長アントニオ・ハリリのケースです。彼は、麻薬容疑者を街中で引き回す「恥の行進」を行うなど、ドゥテルテの強硬姿勢を模倣していました。

もし麻薬戦争の目的が純粋に「麻薬撲滅」であったなら、彼は同志と見なされたはずです。しかし、彼はリストに載せられ、殺害されました。

これは、この戦争が手法の是非を問うものではなく、ドゥテルテへの絶対的な忠誠と、彼の暴力の独占を問うものであったことを示唆しています。

ダバオ・デス・スクワッド(DDS)とのつながり

この国家規模の暗殺システムは、ドゥテルテが大統領に就任して初めて生まれたものではありません。

その原型は、彼が22年間にわたって市長を務めたダバオ市にあります。そこで暗躍したのが、悪名高き「ダバオ・デス・スクワッド(DDS)」です。

長年、その存在は噂に過ぎませんでしたが、ドゥテルテ政権下で、元メンバーたちが次々と名乗りを上げ、その恐るべき実態を暴露し始めました。

ドゥテルテ自身は、このDDSが超法規的殺人集団に関与していたかについて、長年にわたり矛盾した発言を繰り返しており、その姿勢は複雑です。

公に認めるような発言をしたかと思えば、それを否定したり、冗談だと主張したりしてきました。

しかし、注目すべきは、2024年10月のフィリピン上院公聴会での証言です。

ドゥテルテは、ダバオ市長時代に犯罪者と戦うために「7人のギャングスターからなるデス・スクワッド」を維持していたと認めました。上院公聴会という公の場で発言し、かつ7人という具体的な数字を挙げたのです。

フィリピン調査ジャーナリズムセンター(PCIJ)のレポートによれば、元DDSメンバーのエドガー・マートバートは、テレビ中継された上院公聴会で、自身が24年間にわたりDDSのヒットマンであったと告白しました。

彼は、ドゥテルテ市長(当時)の直接の命令で、犯罪者だけでなく、彼の政敵や邪魔になる人物を殺害し、遺体をワニの餌にしたり、採石場に埋めたりしたと、そのおぞましい手口を詳細に語ったのです。

さらに、元警察官でDDSの創設メンバーかつリーダーであったと自称するアルトゥーロ・ラスカーニャスがICCに提出した宣誓供述書は、世界に衝撃を与えました。

ドゥテルテを批判していたラジオジャーナリストであるフン・パラを殺害し、報酬を得たと証言しています。さらに、ドゥテルテの命令で、子供であっても殺害し、遺体を遺棄したなども具体的に述べています。

一方、ドゥテルテへの忠誠心から、麻薬に関わった実の兄弟の殺害にさえ関与したとも証言しています。

これらの証言が示すのは、DDSが単なる自警団ではなく、ドゥテルテの個人的な命令を実行する、プロの暗殺部隊であったということです。

ダバオで完成されたこの「殺害モデル」は、ドゥテルテが大統領に就任すると、国全体へと拡大されたと報じられています。

隠された資産 憲法を無視したSALN非公開

ドゥテルテ大統領任期中、フィリピン憲法で公職者に義務付けられている資産負債純資産報告書(SALN)の公開を、2018年以降、一貫して拒否し続けました。

これは、彼自身の署名した情報公開(FOI)令が、大統領を含む全行政府高官のSALNの全面的な公開を義務付けていることと、真っ向から矛盾する行為でした。

大統領府は「SALNを誰にでも共有する法的義務はない」と主張し、オンブズマン事務局は「ガイドラインを改訂中」という理由で、PCIJ(フィリピン調査ジャーナリズムセンター)をはじめとするメディアからの度重なる公開請求を拒否し続けました。

このSALNの秘匿について、ある政府高官は、PCIJが2019年にドゥテルテとその子供たちの資産増加に関する調査報道を発表したことに、大統領が「腹を立てた」ことが原因ではないかと示唆しています。

PCIJの報道によれば、ドゥテルテの資産は、ダバオ市長時代の1998年の100万ペソ未満から、2017年には2900万ペソ近くまで増加していました。

SALNは、公職者の不正な蓄財を監視し、説明責任果たすための、憲法で定められた義務です。

その公開を拒否するという行為は、ドゥテルテが何かを隠しているのではないかという疑惑を増幅させ、後述する彼の一族の麻薬利権に関する疑惑に、より暗い影を落とす結果となったのです。

最大の皮肉 ドゥテルテ親子と麻薬コネクションの闇

息子パオロ・ドゥテルテと「ダバオ・グループ」

「麻薬戦争」の最も暗く、そして最も皮肉な疑惑は、その旗振り役自身が、巨大な麻薬取引に関わっていたのではないかという点にあります。

もしこの疑惑が真実ならば、ドゥテルテ政権の6年間は、麻薬撲滅という大義ある戦いではなく、国家権力を私物化してライバル組織を排除し、自らのファミリーの麻薬利権を独占・拡大するための、「縄張り争い」だったということになります。

この疑惑の中心にいるのが、ドゥテルテの長男であり、当時ダバオ市副市長だったパオロ・ドゥテルテです。

彼の名前がフィリピン全土に知れ渡ったのは、2017年5月に発覚した一大スキャンダル、通称「64億ペソ覚醒剤密輸事件」でした。

中国から密輸された604キログラム、末端価格64億フィリピンペソ相当のシャブが、税関をすり抜けて国内に流入したこの事件は、上院議会での徹底的な調査へと発展したのです。

Rapplerが報じたように、この大量の麻薬は、本来厳格な検査が必要な輸入品であるにもかかわらず、無検査で通過できる「グリーンレーン」を通っていました。

上院公聴会に召喚された税関ブローカーのマーク・タグバは、この不正の背後に「ダバオ・グループ」と呼ばれる強力な密輸シンジケートが存在すると証言しました。

タグバによれば、彼はこのグループに500万ペソの「登録料」を支払うことで、自身の貨物が税関で止められることなくスムーズに通過できるようになったといいます。

そして、タグバは、このダバオ・グループを裏で操っている人物として、ロドリゴ・ドゥテルテの長男であるパオロ・ドゥテルテと、娘婿であるマナセス・カルピオの名前を挙げたのです。

2017年9月20日、大統領府で行われた演説で、息子であるパオロ・ドゥテルテ氏に麻薬密輸の疑いが浮上した際に、「もし私の息子が麻薬に関わっているなら、警察に殺害を命じる。それが事実なら、彼を殺した警察官を私が守る」と述べました。

この発言は、国内外で大きな波紋を呼び、ドゥテルテ氏の麻薬政策の厳しさを象徴する出来事として広く報道されました。

しかし公聴会は、さらに劇的な展開を見せます。

パオロを厳しく追及したアントニオ・トリリャネス上院議員(当時)は、彼が中国系の巨大犯罪組織「三合会(トライアド)」のメンバーであるという衝撃的な疑惑を突きつけました。

トリリャネス議員は、その証拠として、パオロの背中には三合会のメンバーであることを示す「龍の入れ墨」が彫られていると主張し、その場で背中を見せるよう要求しました。

ABS-CBN NewsやRapplerが報じたこの緊迫したやり取りの中で、パオロは入れ墨の存在は認めたものの、「プライバシーの権利」を盾に、それを見せることを頑なに拒否しました。

最終的に、パオロ・ドゥテルテとマナセス・カルピオは証拠不十分で、刑事告発は見送らています。しかし、よほどのことや証拠がない限り、力のある政治家が告発されないのはフィリピンでは極めて一般的な事です。

このことは、疑惑を晴らすどころか、むしろ深める結果となりました。

父ロドリゴ・ドゥテルテ自身の関与疑惑

疑惑は息子パオロだけに留まりませんでした。

最も核心的で最も踏み込んだ仮説は、父であるロドリゴ・ドゥテルテ自身が、ダバオ市長時代から麻薬を含む密輸ビジネスの利権に深く関与していたというものです。

この仮説を裏付ける最も強力な証言を提供したのが、他ならぬダバオ・デス・スクワッド(DDS)の元リーダー、アルトゥーロ・ラスカーニャスです。

ラスカーニャスの供述書には、「大統領の息子パオロ・ドゥテルテの密輸活動」と題された章が存在します。

そこで彼は、「ダバオ市の港における我々の密輸活動は、2011年に市議会議員パオロ・・ドゥテルテの指示により開始され、ダバオ市長ロドリゴ・ロア・ドゥテルテによって承認・許可された」と断言しているのです。

彼は、自身が賄賂の運び屋として週に数万ペソを受け取っていたことや、父であるロドリゴ・ドゥテルテが、もし密輸が発覚しそうになったら「俺が『サリーダ(筋書き)』を用意してやるから、全てを否定しろ」と指示し、隠蔽工作を約束していたことまで、生々しく詳述しています。

これらの証言をつなぎ合わせると、ある全体像が浮かび上がります。

「麻薬戦争」とは、ライバル組織を国家権力という最強の武器を使って潰すための「麻薬カルテル同士の抗争」そのものではなかったのでしょうか。

トリリャネス元上院議員の主張が正しければ、「「麻薬戦争」の名の下で、麻薬取引における競争相手を殺していた」ということです。

もしこれが真実ならば、ドゥテルテの「麻薬戦争」は、人類史上最も残忍で、最も大規模な、国家を利用したビジネス上の敵対的買収だったということになります。

ICCリーク情報が語る「殺害の動機」

ドゥテルテの逮捕と起訴は、単に「麻薬戦争」における数万人の死の責任を問うものではありません。

2025年8月現在、ハーグからリークされつつある情報によれば、国際刑事裁判所(ICC)の検察官事務所が構築した訴追の論理は、より深く、より個人的な殺人の動機にまで踏み込んでいます。

それは、「人道に対する罪」という罪状を再定義し、ドゥテルテの犯罪が単なる政策の暴走ではなく、個人的な政治的・経済的利益に基づいた「計画的殺人」の集合体であったことを立証しようとする試みです。

ICCの訴追内容は、大きく二つの柱で構成されていると見られます。

第一の柱:貧困層を標的とした「広範かつ組織的な攻撃」としての殺人

これまでも人権団体や国内外のメディアが繰り返し指摘してきた「麻薬戦争」です。

ICC検察官事務所は2020年の報告書で、フィリピンにおいて「人道に対する罪が犯われたと信じるに足る合理的な根拠がある」と結論付けていました。

この柱が対象とするのは、主に都市部の貧困地域で殺害された数千から数万人の末端の使用者や売人たちです。

検察は、ドゥテルテが「殺せ」「人権など気にするな」といった数々の公的発言を通じて、警察や自警団による殺人を扇動し、奨励し、国家としてそれを組織的に実行したと主張しています。

第二の柱:個人的・政治的動機に基づく「計画的殺人」

今回の逮捕劇の核心であり、リーク情報によって新たに焦点が当てられた部分です。

ICCは、単に不特定多数の「麻薬容疑者」が殺されたという事実だけでなく、ドゥテルテがその権力を用いて、特定の個人を意図的に殺害したという直接的な証拠を掴んでいるとされます。

その標的は、彼の政治的ライバルであった地方政治家たち、彼の家族のビジネスの邪魔になる実業家、そして彼の犯罪を暴こうとしたジャーナリストや捜査官たちでした。

この「個人的な殺人」の立証において決定的な役割を果たしたのが、アルトゥーロ・ラスカーニャスやエドガー・マートバートといった、ダバオ・デス・スクワッド(DDS)の元メンバーからの内部告発であったと見られています。

ABS-CBN Newsの報道によれば、マートバートは偽名を使いフィリピンを脱出し、ICCの保護下に入ったとされています。

引き裂かれた国家 ドゥテルテ逮捕後のフィリピン

フィリピンの元大統領ロドリゴ・ドゥテルテの逮捕という未曾有の事態は、フィリピン社会を根底から揺さぶり、国家を二つに引き裂きました。

怒れる支持者と安堵する被害者遺族

ドゥテルテを今なお「英雄」と崇める、巨大で熱狂的な支持者層が存在します。

彼らにとって、ドゥテルテの逮捕は、国家の主権を侵害する外国勢力と、それに加担したマルコス政権による「裏切り」に他なりません。

ドゥテルテの支持者たちはマニラの路上で大規模な抗議デモを繰り広げ、ハーグにまで駆けつけて「彼を家に帰せ!」と叫んでいます。

彼らは、ドゥテルテ政権下で進められた「ビルド・ビルド・ビルド」プログラムによる数々のインフラ整備や、治安改善への期待を根拠に、彼を偉大な指導者だと考えています。

一方には、長年、声なき声を上げ続けてきた「麻薬戦争」の被害者遺族たちがいます。

彼らにとって、ドゥテルテの逮捕は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光であり、待ち望んだ「正義」が実現するかもしれないという、か細い希望です。

Philippine Daily Inquirer紙などが報じてきたように、多くの遺族はICCの捜査に協力し、愛する家族が「麻薬中毒者」や「犯罪者」という汚名を着せられて殺された無念を訴え続けてきました。

しかし、彼らは常に恐怖と隣り合わせです。ドゥテルテ逮捕後、被害者遺族や彼らを支援する弁護士、人権活動家に対するオンライン上での脅迫や嫌がらせが急増しているのです。

「嘘つき」「お前も殺されるべきだ」といった悪意に満ちたメッセージが、彼らの日常を脅かしています。

政治の舞台での親子関係

この社会の分断は、そのまま政界の分断に直結しています。

そして、その中心にいるのが、ドゥテルテの娘であり、今や事実上の野党のリーダーとなったサラ・ドゥテルテ副大統領です。

彼女とドゥテルテの関係は、複雑な関係と言われています。サラはかつて、父との関係を「愛憎半ば」と語り、親密ではないことを認めています。

2022年の選挙では、大統領選への出馬を望む父の意向に反し、サラは副大統領選への出馬を選択。

この決断をめぐり、父ロドリゴは「娘の考えが分からない。我々は話さえしない」と公言するなど、親子間の政治的な亀裂が露わになりました。

サラは自分の政治的なキャリアを、父の意向とは独立して築こうとしているように見えます。

しかし、父が逮捕されると、サラはハーグの拘置施設を何度も訪れ、支持者の前で「父への支援に値段はつけられない」と語るなど、家族としての絆を強調しています。

彼女は父の逮捕を政治的武器に変え、マルコス政権を「外国の言いなり」と激しく非難しています。

ドゥテルテ支持層の怒りを結集し、自らを「迫害される者」として演出しながら、次期大統領選への足がかりを築こうとしているようにも見えます。

この公私の顔を使い分ける複雑な親子関係が、フィリピン政治の不安定さをさらに増幅させているのです。

結論:裁かれるべきは誰か?フィリピンの未来

現時点ですでに様々な証言は報じられていますが、まだ裁判は行われていません。2025年9月、第1回公判が始まります。

しかし、今の時点で一つ言えることは、法治国家であるフィリピンで、大統領の指示のもとに法のプロセスを無視した殺人が大量に行われたということです。

そしてそのほとんどの事件は、捜査すら行われていませんでした。

ドゥテルテは逮捕され、今ハーグで裁判を待っています。

しかし、彼の「殺人」に熱狂し、称賛を送り、あるいは見て見ぬふりをして沈黙したフィリピン社会の責任はどうなるのでしょうか。

ドゥテルテの逮捕は、決して終着点ではありません。

それは、フィリピンという国家が、「法治国家」という国の根幹を見つめ直す機会になるでしょう。

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